スタッフの視線が気になる。
自分だけ、避けられているような気がする。
50代になってから、「今、どう見られているんだろう」そんなことを考えてしまうことはありませんか。
以前は、患者さんのことだけを考えて働いていました。
どうすれば、少しでも安楽に過ごしてもらえるか。
リスクを避けるために、何に気をつけるべきか。
そんなことばかりを考えながら、日々の業務に向き合ってきました。
それなのに今は、仕事そのものよりも、人の目が気になる瞬間があります。
特別な出来事があったわけではありません。
誰かに、何かを言われたわけでもありません。
それでも、「使えない?」と思われているかもしれない。
そんなふうに感じてしまう自分に、戸惑うことはありませんか。
この記事では、50代看護師が「人の目」を気にしてしまう瞬間と、その不安を抱えながら働く気持ちについて書いています。
「使えない?」と思われているかもしれないと感じる瞬間

仕事が遅いとき
若いスタッフと比べているつもりはありません。
それでも、なんとなく自分の動きが気になることがあります。
気づくと、すでに次の作業に入っている人がいます。
自分は、少し動き出しが遅れているような気がします。
誰かに何かを言われたわけではありません。
それでも、「遅いと思われているかもしれない」そんな考えが、頭に浮かんできます。
新しいことが覚えられないとき
新しい機器を使うときのことです。
説明を受けて、いざやろうとすると、手が止まってしまいます。
仕方なくメモを取り出し、確認しながらでないと進めません。
それでも分からないところが出てきて、スタッフに聞くことになります。
「こんなことも分からないのか」実際に、そう言われたわけではありません。
それでも、そう思われている気がしてしまいます。
「覚えが悪いと思われているかもしれない」、そんな不安が頭をよぎります。
判断がひとテンポ遅れている気がするとき
特別、判断が遅くなったわけではありません。
それでも、どこかひとテンポ動きが遅い気がします。
業務が滞ったわけでもありません。
誰かに迷惑をかけたわけでもありません。
それなのに、自分が足を引っ張っているのではないかと感じてしまいます。
そんな感覚が、ふと浮かぶことがあります。
「使えない?」という言葉が頭から離れない
なぜ、この言葉が頭に浮かんでくるのでしょうか。
はっきりした理由は、自分でも分かりません。
新人の頃は、いつも「早く役に立ちたい」と思っていました。
一人前になりたくて、目の前のことに必死でした。
気がつけば、そんな時間を長く過ごしてきました。
それなのに今は、何かうまくいかないことがあると、「使えない」という言葉だけが頭に浮かんでくることがあります。
どうして、そう思ってしまうのか。
自分でも、よく分からないままです。
確かめたいけど聞けない

耳にしたわけではありません。
誰かに、そう言われたわけでもありません。
だからこそ、確かめる勇気が出ません。
「本当に、そう思われているのだろうか」聞いてしまえば、分かるのかもしれません。
それでも、聞けません。
もし本当にそう思われていたら、そのあと、どうすればいいのか分からないからです。
分からないままのほうが、まだ立っていられる気がします。
答えが出ないまま、今日も現場に立っている
答えは、まだ出ていません。
「使えない?」と思われているのか。
本当のところは、分かりません。
気になっている理由も、はっきりしないままです。
それでも、仕事は続いています。
まとめ|「人の目」が気になるとき
「使えない?」そう思われているかもしれない、と感じることがあります。
けれど、本当にそう思われているかどうかは、確かめることができません。
50代になってから、以前は気にならなかった人の目がなぜか気になるようになることがあります。
はっきりした理由は、自分でも分からないままです。
そんな状態のまま、今日も現場に立っている人がいます。

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