50代看護師「仕事が覚えられない」思い通りにいかなくなったと感じる悔しさと歯がゆさ

新人の頃は、一度聞いただけでは動けなかった。

でも経験を重ねると、点だった知識が線につながり、「次はこれ」と自然に体が動くようになった。

検査の準備。
機械の立ち上げ。
患者さんへの声かけ。

考え込まなくても自然に動ける。

そんな感覚が身についた頃、仕事は一気にやりやすくなった。

けれど今は、以前なら迷わずできていたことでも、画面の表示が変わっていたり、手順が一部入れ替わっていたりする。

「前はこうだったはず」

そう思って動くと、実際は違っていた。

検査の意味や流れそのものが、分からなくなったわけではない。

ただ、今まで覚えてきたやり方が、そのまま通じない場面が出てきた。

50代になってから、「仕事が覚えられない」と感じることが増えていませんか。

この記事では、50代看護師が「仕事が覚えられない」と感じたときの現場の場面と、そのときに抱えがちな気持ちを書いています。

「同じ感覚を抱いたことがある」そう感じてもらえたらと思います。

目次

50代看護師が「仕事が覚えられない」と感じる瞬間

50代になってから、「仕事が覚えられない」と感じる場面が増えてきました。

どんな場面で、そう感じるのか。

いくつか挙げてみます。

新しいシステムや機械が、次々と変わっていく

新しいシステムが導入される。
今まで覚えてきたことが、過去のものになっていく。

そんな感覚が、50代になってから増えてきました。

電子カルテが導入されたのは30代の頃。

正直、大変だった。
覚えることが多すぎて、毎日必死だった。

でも、どうにか覚えられた。

ところが、40代で部署異動になったとき、システムの違う電子カルテに変わった。

業務を覚える以前の段階で、立ち止まってしまった。

「え、また最初から?」

友人は40代後半で同じ状況になり、毎日、夜勤帯まで残って操作を覚えていた。

機器も、基本の操作が少しずつ変わっていく。

前に覚えたやり方が使えない。

「今まで覚えてきたのは、何だったんだろう」

そんな思いが、よぎることもありました。

薬品名や取り扱いが変わり、前提が崩れていく

薬品の変更があるたびに、またか、とがっかりしていました。

販売中止や病院の方針で、同じ薬が別の薬品に切り替わることはよくあります。

頭では分かっていても、以前の薬品名がとっさに出てしまう。

その名前で通じるのは、同世代の人だけ。

若いスタッフには、きょとんとした顔をされることもありました。

これが緊急時だと余計に焦ります。

誰かが代わりに伝えてくれることもありましたが、頭の中では、必死に記憶をたどっていました。

さらに、薬品名そのものが変更になることもあります。

「○○持ってきて」と声をかけても、「その薬はありません」と返ってくる。

今まで覚えてきたことが、うまく修正しきれていない。

そんな感覚に、戸惑うことが増えていきました。

「あれ?」と立ち止まる瞬間が増えてきた

指示は聞いているのに、手が止まる瞬間がある

指示は、ちゃんと聞いている。

内容も、理解していないわけではない。

それでも、「えっと……」と、一瞬、間が空くことが増えてきました。

大したことではありません。

でも、そのわずかなテンポのズレが自分の中で、気になるようになってきました。

手順を見直さないと思い出せない場面が出てきた

毎日やるルーチンワークで、戸惑うことはほとんどありません。

ただ、毎日の業務ではないけれど、「当たり前」にやっていた処置。

少し間が空くと、「これで合っていたかな」と、自信が持てなくなることがあります。

人に聞くほどではない。

でも、そのまま進むのも不安で、こっそり、手順書を確認する。

そんな場面が増えてきました。

タスクを頭の中だけで整理できなくなり、メモが必須になった

若い頃から、申し送りや情報収集のために、自分なりに、メモは取っていました。

メモが必要なのは、新しく覚える検査や処置。

でも、50代になってからは、メモを取っていないと、あとで思い出せないことが増えてきました。

それどころか、「メモした紙をどこに置いたか」分からなくなることもあります。

「あれ?」と、立ち止まる。

ほんの一瞬のことです。

でも、そういう瞬間が前より増えてきました。


若いスタッフと比べてしまう自分がいる

50代になってから、若いスタッフと、自分を比べてしまう場面が増えてきました。

若い人の吸収の速さを、目の前で感じてしまう

堅スタッフの動きを見ていると、そのスピードに圧倒されることがあります。

特に、機器類を扱うときの、理解の速さ。

教わったことをそのまま、次の動きにつなげていく。

その様子を見ていると、「早いな……」悔しい、と感じてしまう。

私も以前は、あんなふうに動けていたのに。

確かに自分も以前は、そうやって動けていました。

先輩から、「助かる」と言われたことが嬉しかった時期もあります。

でも今は、その立場が入れ替わっている。

「前は、もっとできていたのに」

そう思ってしまう瞬間が増えてきました。

教わる立場になることへの、居心地の悪さ

日々の看護の中で、ふっと、分からなくなることがあります。

昨日から始まったルール。
少し変わったやり方。

以前なら、困っているスタッフに声をかける立場でした。

でも今は、「どうだったかな」と、考える側に回っている。

教わる立場になることが、少しずつ増えてきました。

悪いことだとは思っていない。

でも、教わる側に回る。

その現実が、どこか、受け入れられない自分がいる。

悔しさと歯がゆさが、積み重なっていく

「これくらい覚えられないなんて」と自分を責めてしまう

これまでは、新しく覚えたことも自分なりに理解して、次の看護に活かせていました。

でも今は、新しく教わったことがうまく覚えきれていない。

「あれ、なんだっけ」
「どうだったかな」

そう思う場面が増えてきました。

頭では、分かっているはずなのに、体に染みついていない。

情けない。
悔しい。

「これくらいのこと、覚えられないなんて」

そう思って、自分を責めてしまう。

整理できないまま、気持ちだけが残っている

比べてしまうこと自体は、その場では流せてしまいます。

仕事が、回らなくなったわけでもない。
経験が、急になくなったわけでもありません。

それでも、素早い判断や対応が必要な場面で、前に出ることが減っている。

あとから、気づくことがあります。

「この状態で、今のままでいいのかな」

そう、考えてしまう。

はっきりした、答えは出ていません。

ただ、考えたあとに残る気持ちだけが、整理できないまま残っている。

歯がゆい。

でも、まだ、答えは出せていません。

答えが出ないまま、今日も現場に立っている

仕事が覚えられないと、感じる要因はいくつかあります。

年齢による変化もある。

経験を積んできたからこそ、以前のやり方が邪魔をする場面もある。

それでも、看護ができなくなったわけではありません。

ただ、「このままで、いいのか」

そんな、ジレンマが自分の中に残っています。

まとめ|「仕事が覚えられない」と感じたときに

この記事では、50代看護師が「仕事が覚えられない」と感じる瞬間を見てきました。

新しいシステムや機械が、次々と変わっていく。

薬品名や取り扱いが変わり、前提が崩れていく。

「あれ?」と、立ち止まる瞬間が増えてきた。

若いスタッフと比べてしまう自分がいる。

そして、悔しさと、歯がゆさが、少しずつ積み重なっていく。

「これくらい、覚えられないなんて」

「このままで、いいのか」

そう思って、自分を責めてしまうこともあります。

覚えられないと感じる背景には、いくつもの要因が重なっています。

年齢による変化。
現場の、変化の速さ。

そして、これまで積み重ねてきた経験がかえって、邪魔をする場面もあります。

「仕事が覚えられない」と感じることはあっても、すべてができなくなったわけではありません。

若い頃のような、テンポでは動けない。

でも、それだけのことなのかもしれません。

そう感じながら、現場に立ち続けている人は、きっと、少なくないと思います。

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この記事を書いた人

看護師歴30年。現在は在宅でWebライター・ブロガーとして活動中✍️
医療・お金・働き方など、50代からの私らしい生き方を応援しています。

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