「まさか自分が、体がきついなんて理由で辞めることを考えるなんて」
「でも、この年齢で辞めて、本当にやっていけるのか」
辞める前、私の頭の中はこの2つでいっぱいでした。
夜勤がしんどい。でも辞めたら、生活はどうなるのか。
その答えが出ないまま、何年も過ぎていませんか。
私は高度急性期の総合病院で34年、看護師を続けました。
うちICUが18年、夜間救急が10年。夜勤は32年です。
32年間、無遅刻無欠席で走り続けて、ある朝、めまいで初めて休みました。
その後、日勤だけの部署に移りました。
夜に眠れるようになり、暦通りの休みも取れました。
それでも私は、2年働いて辞めました。
書くのは、その2年で分かったことです。
長く勤めて、体力の限界を感じ始めた40代・50代のあなたに向けて書いています。
この記事で分かること
- しんどさが夜勤だけなら、辞めなくても解決します
- 辞めて手に入るのは体・心・時間/失うのはお金とつながり
- 「なんとなくだるい」で辞めると、後悔します
- 辞める以外に、道は4つあります
- 退職金は、定年前でも出ます(満額かどうかは規定次第)
読み終わるころには、自分に必要なのが「夜勤を手放すこと」なのか、「看護師を辞めること」なのかが分かります。
私の答えは「辞めてよかった」
退職してから1年。辞めてよかった。それが今の答えです。
失ったものも、確かにあります。でも、得たものの方が、私にとっては大きかった。
| 失ったもの | 得たもの |
|---|---|
| 値札を見ずに買える収入 | 朝起きて、夜寝る普通の生活 |
| 頼られる場所と肩書き | 自分のためだけに使える時間 |
| 職場という居場所 | プレッシャーから解放された穏やかさ |
※私の場合です。条件が違えば、この天秤も変わります
辞める前は、本当に悩みました。
この年齢で辞めて、何が残るんだろう。
特技もない。
何かやる予定もない。
34年積み上げた実績も、後輩からの信頼も、患者さんとの関係も、全部失うだけの価値があるんだろうか。
長く勤めた人ほど、この葛藤は大きくなります。
積み上げたものが多い分、手放すときの怖さも大きいからです。
ただ、この「得たもの」の一番上にある「朝起きて、夜寝る」は、日勤に移った時点で手に入っていました。
それでも私は辞めました。
なぜかは、記事の後半で書きます。
その前に、私だけの話ではないことを先に書きます。
34年、辞めていく人を見送ってきて分かったことです。
後悔した同僚は、いなかった
「看護師 辞めた 幸せ」と、そっと調べている方へ。
看護roo!のアンケートでも、「看護師を辞めたい」と思う人は8割以上にのぼります(出典:看護roo!のアンケート)。
辞めたい気持ちは、多数派なんです。
では、実際に辞めた人はどうなのか。
体が辛くて、夜勤が限界で辞めていった同僚たちは、口を揃えてこう言います。

辞めてよかった。
給料は減ったし、貯金もなくなってきたけど、幸せよ。
── 辞めていった同僚たち
私の周りで「辞めなければよかった」と言った人を、思い出せません。
この人たちも、大きな夢があって辞めたわけじゃないんです。
その人がいちばん辛かったこと。それがなくなっただけで、幸せだと言っています。
ただ、全員が同じ理由で辞めたわけじゃありません。
では、みんなは何がしんどくて辞めていくのか。次に書きます。
辞める人は、一つの理由では辞めません
34年、辞めていく人を見てきて思うことがあります。
夜勤が辛いだけで辞めた人を、私はあまり見ていません。
夜勤が限界。そこに、もう一つ何かが重なったときに、人は辞めます。
親の介護が近づいてきた。自分の体が言うことをきかなくなった。
新しい部署で思うように動けない。この先も同じように働ける気がしない。
私もそうでした。
夜勤は日勤に移って手放せたのに、そのあと、覚え直しの歯がゆさと、母のことと、自信のなさが重なりました。
| 今のあなたは、どちらですか | 手に入るもの |
|---|---|
| 夜勤だけがしんどい 職場も人間関係も、家のことも今は落ち着いている |
辞めなくても、夜に眠れます 夜勤を手放せば、収入も居場所も残ります |
| 夜勤+もう一つある 親のこと/体/責任の重さ/この先の不安 |
辞めることも入れて考える段階です 夜勤を手放しても、もう一つの方は残るからです |
※私の場合です。重なるものは人によって違います
ここで一度、手を止めて考えてみてください。
あなたのしんどさは、夜勤だけですか。それとも、もう一つありますか。
もう一つが思い浮かんだなら、それが何なのかを先に見ておいた方がいいです。
夜勤を手放しても、そちらは残るからです。
ここからは、辞めた後に何が手に入るのかを書きます。
看護師を辞めて取り戻したもの
辞めて、なくなった口ぐせがあります。
- 「体がしんどいからご飯を食べに行くのはやめよう」
- 「今回は旅行はやめよう」
- 「定年になったら、そのときにやればいい」
「定年になればできる」と後回しにしてきたことが、今やりたいと思った時にできる。
手に入ったものを、体・心・時間の3つに分けて書きます。
① 体:夜勤明けの悪循環から出た
看護師を辞めて、一番大きく変わったのは、体です。
現役のころの夜勤明けは、悪循環でした。
夜勤明けの朝、家に帰ると、睡魔に襲われてすぐにぐっすり眠れる。
でも熟睡してしまうと、今度は夜の寝つきが悪くなる。
また寝不足のまま、次の朝を迎える。
この繰り返しを、どうにか打破したかったけど、無理でした。
「起きたくない」という言葉は、現役のころも今も、よく口にします。でも、中身が全然違う。
| 同じ「起きたくない」でも | 中身 |
|---|---|
| 現役のころ | 体が重くて、起き上がるのがしんどい |
| 辞めた今 | ただ「もうちょっと寝ていたい」だけ |
似て見えるけど、この2つはまったく別物です
もし今、朝、体が重くて起き上がるのがしんどいなら、それは、あなたが頑張ってきた証拠です。
そして、体が小さなサインを出し始めているのかもしれません。
体が楽になったのは、自分の感覚だけの話じゃないんです。
職業柄、私はずっと腰痛を抱えていました。
歩くと右足が引っ張られるような感覚があって、走ろうとすると激しくつる。
整形外科で、お尻の大臀筋のあたりに炎症か損傷があると言われ、リハビリに通っていました。
辞めた後、また肩に痛みが出て、もう一度受診しました。
そのとき、リハビリの担当の方に言われた言葉が、今でも残っています。
今までの中で、腰痛はかなり良くなっていますよ
── リハビリ担当の方の言葉
自分でそう感じたのではなく、毎回見ている人が、そう言ったんです。
あの仕事は体にかなりの負担がかかっていたんだと、そこで初めて納得しました。
② 心:プレッシャーから解放された
看護師を辞めて、精神的なプレッシャーから解放されました。
34年働いた中でも、ICUで過ごした18年は、緊張感が途切れない毎日でした。

アラームの音が、家に帰っても頭から離れない。
夢でもうなされるよ。
── 同僚とよく話していたこと
仕事から離れている時間も、頭のどこかで現場にいました。
大きな手術が予定されていると、「自分の勤務が外れろ」と心で思う。
でも、現実には自分が担当。
しかもリーダーだと、責任がもっと重くなる。
「早く終われ」と念じながら、一方で「絶対守る」と戦っていました。
今は、穏やかです。「どう看護したら安全か」。そう考えないだけで、気持ちが楽になります。
長年この緊張感の中にいると、「気を張っている」のが当たり前になって、自分では気づけなくなります。
「最近、疲れやすいのは年のせい」と片付けてしまいがちです。
でも、もしかしたら違うかもしれない。
休日も落ち着かない、なんとなく疲れが取れない、と感じているなら、体の疲れに加えて、心の緊張も積もっているのかもしれません。
③ 時間:毎日が自分のものになった
年齢を重ねるほど、休日はなかなか「自分の時間」になりませんでした。
夜勤明けの日は、体のリズムを戻すのが精一杯。
それ以外の時間を使おうという気持ちには、なかなかなれませんでした。
今は、毎朝「今日は何をしよう」から始まります。
何に使うかを、自分で決められます。
「自分の時間って、何をすればいいんだろう」
最初は戸惑うかもしれません。
それは、長く誰かのために時間を使ってきた証拠です。
急に答えを出さなくていい。
少しずつ、自分のペースで見つけていけばいい。
ちなみに私の場合、ただぼーっと過ごす日は、何日も続きませんでした。
掃除をしたり、家をきれいにしたり。それも数日です。
のんびりが性に合う方もいると思います。私は違いました。
看護師を辞めて手放したもの
「辞めなければよかった」とは思いません。
ただ、手放して寂しいと感じるものが2つあります。
- お金(値札を見ずに買えた生活)
- 頼られること(肩書きと職場のつながり)
収入が減った現実
看護師を辞めて、一番辛かったのは、やはり給料が減ったことです。
今までは、それなりの給料があったから、値札を見ずに、欲しいものを迷わずに買える。
そんな感覚でした。
ただ、辞めてから気づいたことがあります。
「あのとき買っていたもの、本当に欲しかったんだろうか」。
「これだけ稼いでいるんだから」「きついことへのご褒美」。
そんな感覚で買っていただけかもしれない。
自分が本当に欲しいかどうかで、選んではいませんでした。
今は、そう思います。
給料が減るのは、確かに辛い。
でも、「買いたいもの」と「本当に欲しいもの」の違いに、気づく時間にもなります。
肩書きと職場のつながりがなくなった戸惑い
現役のころは、職場に行けば、お互いに価値を高め合い、達成感を感じる場所がありました。
辞めてみると、社会とのつながりが薄くなったことに気づきます。
現役のころ、「これ、どうしたらいい?」と聞かれるのが、正直めんどくさかった時期もありました。
でも、辞めてから気づきました。
あの「聞かれること」は、誰かに頼られていた証拠でした。
それを失うのは、想像以上に戸惑います。
頼られる形は看護師だけじゃない。頭では分かっています。
ただ、その形を見つけるには時間がかかります。私もまだ途中です。
それでも、ひとつ言えること
退職を知った後輩たちが、わざわざ会いに来てくれました。「教わったこと、忘れません」。そう言ってくれたんです。
「価値があったなら、なおさら辞めたら孤独になるのでは」
つながりは細くなります。
友達は連絡をくれます。それでも、私には時間があって、相手には仕事があります。
以前のように毎日顔を合わせる関係には、戻りません。
それでも、会いに来てくれる人はいました。
人との関わりが欲しくなったら、また働けばいいんです。週2日からの求人もありますし、趣味の場でもいい。
私も、今その途中です。
「定年まで働けば安泰」は本当か
ここからは、辞めるか迷っていた私を一番縛っていたものの話をします。お金の話です。
私たちの世代は、こう考えて頑張ってきたと思います。
「定年まで働けば、老後は安泰。
退職金も入るし、少ししたら年金も入る」。
私も、そのレールの上を34年、歩きました。
そして実際に、約束のお金は出ました。
私の職場では、30年以上勤めれば、まとまった退職金が出ると決まっていました。
「あと何年働けば、これがもらえる」。
その計算が、夜勤がしんどくても踏みとどまる理由のひとつでした。
知らずに耐えている人へ(ここが一番伝えたいこと)
私は、定年まで働いていません。それでも、30年以上という条件を満たしていたので、退職金は規定どおり出ました。
「定年まで働かないと退職金がもらえない」と思い込んで耐えているなら、一度、職場の退職金規定を確認してみてください。数字の見え方が変わるかもしれません。
ただ、34年働いてみて、はっきり分かったことが2つあります。
1つめ。給料は、若い頃ほど上がり続けません。
20代から30代はぐんぐん上がって、30歳前後には友達に「旦那より給料いい」と言われたほどでした。
でもそこから昇給は停滞して、上がりの悪さに対して体のしんどさだけが増えていきました。
日本が長く不景気だったせいもあると思います。
ただ、理由がどうあれ、自分の給料が上がらなかったのは事実です。
2つめ。思い出の資産は、ほとんど残りませんでした。
通帳には数字が残っていました。
でも休みは体を休ませるためだけにあって、20代、30代、40代、50代と、プライベートを楽しむ休みという感覚が消えていきました。
退職金は、確かに本物でした。
でもそれは、32年分の夜と、思い出を作れたはずの休日と引き換えに受け取ったお金でもありました。
これを「それでも価値がある」と取るか、「高すぎる買い物」と取るか。
それはあなたが決めることです。
ただ、金額の中身を知らないまま「安泰だから」で耐え続けるのと、知った上で選ぶのとでは、同じ毎日でも意味が変わります。
日勤に移っても消えなかった4つ
ここからは、私がなぜ辞めたのかを書きます。
一人の例です。あなたに当てはまるかは、読んで確かめてください。
夜に眠れるようになって、暦通りの休みも取れるようになりました。
それでも私は、2年働いて辞めました。
消えなかったものが、4つあります。一番大きかったのは、1つ目です。
① 高度急性期の現場に、年齢の限界を感じました
これが一番の理由です。
私がいたのは高度急性期の病院です。
ずっと立ちっぱなしの仕事で、そこに看護師不足が重なって、一人あたりの負担は増えていきます。
その中で、これからも自分のパフォーマンスを最大限に発揮し続ける自信が、なくなりました。
体力が落ちたという話だけじゃないんです。
自分が納得できる看護を、この先も続けられるか。そこに自信が持てなくなりました。
仕事に行く楽しみが、まったくなかったわけじゃありません。
ただ、高度急性期の現場で、20代30代と同じ働き方を続けるには限界がありました。
② 院内の異動は、一から覚え直しでした
その年齢になってからの職場異動です。
一から覚えることが、たくさんありました。
今までの経験が活かせる部分もあります。でも、活かせないことも多い。
覚える量に追われる日々でした。
やってできないわけじゃないんです。
ただ、この年齢から新しい職場で、自分が思うような戦力になるのは、なかなか難しかったです。
「それだけできれば十分よ」
── 周りは、そう言ってくれました
それでも、自分の中では思うように動けない歯がゆさがありました。
34年やってきた人間が、思うように動けない。
この感覚は、長く勤めた人ほど分かってもらえると思います。
ただし、これは同じ病院の中での異動の話です。
外に出るときは話が変わります。「高度急性期で34年」という経歴は、外ではきちんと評価されます。院内では当たり前でも、一歩出れば、そこは強みになります。
③ 責任の重さは、部署を変えても減りません
日勤の部署に移っても、「私のこの判断で」という緊張感は消えませんでした。
部署が変わっても、看護師である以上、患者さんの状態が急に変わる可能性は常にあります。
その責任は、どこにいても背負ったままです。
看護師でいる限り、これは消えません。
このストレスから、そろそろ解放されたい。普通の生活を送りたい。そう思うようになりました。
どの仕事にも責任はあります。それは分かっています。
ただ、人の命を預かる仕事である割には、見合わない給料だなと、今でも思っています。
④ 母に、手がかかるようになりました
母も高齢になりました。
今までしてもらうのが当たり前だったことを、今度は私がする側になります。
お互いに年を重ねているので、体への負担が気になり始めました。
そして、こう考えました。
もし今後、本格的な介護が必要になったら、仕事との両立はまず無理だろう。
これも、退職を決めた理由の一つです。
本格的な介護は、まだ始まっていません。ただ、手はかかり始めています。
そして、本格的になってから考えるのでは遅いというのが、現場で何人も見てきた実感でした。
後悔しない、と言えますか
先にお断りします。
キャリアを積んで上を目指したい人に、この章は向いていません。
その道を選ぶ人が「辞めてよかった」と思うことは、まずないからです。
34年見てきた現場の実際を言うと、立派に理由を整理して辞めていく人は、ほとんどいません。
体が辛くて、夜勤が限界で。そこに親の介護が重なって、遠くの親元へいつでも帰れるようにしたくて、辞めていきます。
「立派な理由がないと、辞めてはいけないのかな」
体がきつい。夜勤がもう限界。それが理由でいいんです。
ただ、一つだけ確かめてほしいことがあります。
後悔するのは、こういう辞め方です
死にそうなくらい体がきついなら、辞めれば体は楽になります。
それで後悔した人を、私は見ていません。
心配なのは、「なんとなくだるい」くらいで辞めてしまう場合です。
しばらくすると、「お金、どうしよう」が来ます。
そのあとに、「これならもう少し我慢すればよかった」が来ます。
体が楽になった分だけ、その2つが大きく見えてくるんです。
そのくらいの段階なら、辞めるより先に、負担の軽い職場へ移る方が合っているかもしれません。
急性期を離れるだけで、体の負担はかなり変わります。
辞める前の自分に、一つだけ言えるとしたら
こう言います。
自分で辞める方が後悔するのか、そのまま仕事を続ける方が後悔するのか。
後悔しない方を、選びなさい。
どちらを選んでも構いません。
ただ、選んだ理由が自分の中ではっきりしているかどうかで、1年後の景色が変わります。
だから、辞めていった同僚たちが実際に確かめていたことを、3つ書いておきます。
「後悔しない」と言うための材料です。
後悔しないと言うための、3つの材料
- 体のサインが出ていないか
- お金の目星はついているか
- やりたいことが一つあるか
① 体のサインが出ていないか
眠れない。
疲れが抜けない。
めまい。
こういうサインが出ているなら、まず体を守るのが先です。
原因を突き詰めるのは、少し休んで、頭も体も動くようになってから。
追い詰められたままでは、正しい判断はできません。
出血している人に、原因の分析より先に必要なのは、止血です。
「逃げるみたいで嫌だ」
でも、体を守るための撤退は、逃げじゃないんです。
看護の言葉で言えば、救命処置です。
私自身、めまいの朝をきっかけに辞めた側の人間で、それでも正解だったと思っています。
② お金の目星はついているか
お金に不安がある同僚たちは、辞める前に転職先があるか調べて、ある程度の目星をつけてから辞めていました。
目星は、決定じゃないんです。
「いざとなればここがある」が見えているだけで、辞める怖さは半分になります。
これが、この記事で唯一の実務的な宿題です。
辞めるにしても、続けるにしても、自分の年齢と経験で行ける場所を先に見ておく。
それだけです。
③ やりたいことが一つあるか
大きな夢でなくていいんです。
- 行きたかった場所へ出かける
- 親とゆっくり過ごす
- もう一度、別の形で看護に関わってみる
小さくていいから、辞めた「先」にやってみたいことを、一つ。
逆に、ここが空白のまま辞めると、体が回復した後に「私の生きている価値はどこにあるんだろう」という別の後悔が来ます。
私も通った道です。
ただ、これが一番難しいと思います。
私も仕事一本でやってきて、自分が何をしたいかなんて、振り返る時間もありませんでした。
すぐに出てこなくて当たり前です。
だから、大きな夢を探さなくていい。
「これをやってみたい」が一つ浮かぶまで、少し時間をとってください。
辞める前に知ってほしい、4つの道
辞めたい気持ちの正体によって、選ぶ道は変わります。完全リタイアの一択じゃないんです。
ただ、道を選ぶより先に決めることがあります。辞めた後、どうなっていたいかです。
転職も、夜勤を減らすことも、そこへ行くための手段でしかありません。
| 選べる道 | こんな人に | 手に入るもの |
|---|---|---|
| ① 今の職場で夜勤を減らす | しんどさの正体が夜勤 | 夜に眠れる生活。職場と人間関係はそのまま |
| ② 短期で稼ぐ(応援ナース) | 期間を区切って稼ぎたい | 期間を決めて働ける区切り |
| ③ 看護師のまま職場を変える | 看護は好き。今の働き方が限界 | 一人の患者さんと向き合う時間 |
| ④ 看護師を辞めて違う仕事へ | 看護師の仕事から離れたい | 朝起きて夜寝る生活と、自分の時間 |
収入は、①以外はどれも下がります。下がり方が小さいのが①と③、大きいのが④です。
① 今の職場に残って、夜勤を減らす
意外に思うかもしれませんが、これも正式な選択肢です。
私自身、めまいで倒れた後、日勤だけの部署に異動して2年働きました。
あの2年がなかったら、心の整理がつかないまま辞めていたと思います。
夜勤免除の年齢や条件は職場ごとに違います。
ハンデがないと通りにくいのも現実です。
それでも、「辞める」を切り出す前に「夜勤を減らせないか」を相談する価値はあります。
② 短期で稼ぐ(応援ナース・単発)
期間を区切って高収入で働く、応援ナースや単発バイトという道もあります。
現役より高い月収の求人も見かけますが、即戦力として扱われる厳しさもセットです。
ここは気になっている人が多いので、別の記事で詳しく書きます。
③ 看護師のまま職場を変える
看護は好きだけど、今の働き方が限界。その場合は、看護師のまま場所を変える道があります。
現場でよく見たのは、訪問看護に進む人です。
急性期では、患者さんと寄り添う時間が限られます。
入院期間は短く、在宅での関わりは次の病院に引き継ぐ場合も多い。
「もっと一人の患者さんとちゃんと関わりたい」という人にとって、訪問看護は看護のやりがいを取り戻す道になっていました。
夜勤のないクリニックや施設という選択肢もあります。
④ 看護師を辞めて違う仕事へ
「もう看護師の仕事から離れたい」なら、他職種への転職や、私のように一度完全に離れる道もあります。
50代で違う仕事に進んだ話は、別の記事に書いています。
▶ 50代で看護師を辞めて違う仕事に挑戦|転職しなかった理由と私の選択
覚え直しが必要な仕事は多いです。
それでも、医療現場で働いてきた年数は、他の業界でも評価されます。
私が選んだ道で、実際に起きたこと
手に入ったのは、ゆとりと自由でした。
仕事が忙しくて余裕がなかった日々から、自分の時間を持てる日々に変わりました。
失ったものも書きます。
ひとつはお金の不安です。数字が減っていくのを見る不安は、消えません。
もうひとつは、人とのつながりが細くなることです。
友達は連絡をくれます。それでも、私には時間があって、相手には仕事があります。
以前のように毎日顔を合わせる関係には、戻りません。
だから辞めた後の人づき合いは、自分がどうなりたいかと、それまでどう関係を作ってきたかで決まります。
そして、離れることを選べるのは、私たちの最大の強みがあるからです。
看護師免許という、最強の保険
退職して1年経った今でも、私のところには求人のメッセージが届きます。「常勤じゃなくていい、週2日からでも」という求人もあります。
お金が足りなくなったら、また働けばいい。戻れる場所があると分かっているだけで、一歩を踏み出す怖さは変わります。
どの道でも、最初にすることは同じです
自分の市場価値と、選択肢の実物を知ることです。
転職サイトは、登録してもすぐに転職する必要はありません。
今の職場にいたまま、外の世界だけを見られます。
誰にも知られずに、です。
見えてくるのは、この3つです。
- 今の自分に、どんな求人が届くのか
→「もう歳だから、どこも取ってくれない」が、思い込みだったと分かります - 夜勤のない職場が、家から通える範囲にあるかどうか
→ あると分かった瞬間、「夜、眠れる生活」は空想ではなく予定になります - その職場の給料は、いくらなのか
→「辞めたら生活できない」が、「あと◯万円足りない」という数字に変わります
漠然とした怖さが消えるのは、自分が取り戻したいものに手が届くと分かったときです。
辞めた後にどうなりたいかが決まったら、次は手段を選ぶ番です。
私が実際に登録して比べた3社は、別の記事にまとめています。
辞めた後、生活は成り立つのか
「辞めたら、生活ってどうなるの?」
ここが一番、現実的な不安だと思います。
先にお伝えします。私は独身で、実家暮らしです。
家族を養う方やローンがある方より、お金の縛りは軽いです。だから私の数字はそのまま当てはまりません。
参考にしてほしいのは、数字を出す手順のほうです。
私の場合は、想定の範囲で収まっています。
ただ、それは事前に数字を出して、覚悟して辞めたからです。
事前に数字を出せば、想定の範囲に収まる
辞める前に、私は3つの数字を整理しました。
| 整理する数字 | どこで分かるか |
|---|---|
| ①毎月いくらで暮らしているか ここが一番の不安の正体 |
家計簿(まずはここから) |
| ②もらうお金 退職金・年金・失業給付 |
職場の総務/ねんきんネット・年金事務所/ハローワーク |
| ③払うお金 健康保険・住民税・国民年金 |
国民健康保険か任意継続を比較/辞めた翌年に来る(だいたい給料1ヶ月分)/60歳まで自分で納付 |
この3つが見えれば、「漠然と怖い」が「あといくら足りない」に変わります。
判断が、ぐっと楽になります。
お金が減り始めたのは、半年たってからでした
実際にどう減っていったかを書きます。
3月まで働いていたので、4月は給料が入りました。
5月は、残業代などの雑費が少しだけ入りました。
そして、本当に何も入らない月が来ます。
「あんだけ使えてたのになぁ」
入らないことは分かっていました。それでも、通帳を見るとそう思いました。
ただ、その後に退職金が入り、少ししてから失業給付をもらいに行き始めました。
だから最初の半年くらいは、「収入がゼロ」という感覚は、気持ちの上ではあまりなかったんです。
お金が本当に怖くなるのは、退職金と失業給付が終わってからです。
そこまでの半年は、猶予期間だと思っておいてください。
手続きで一番面倒だったのは、健康保険でした
③の「払うお金」で、私が実際にやったことを書きます。
健康保険(任意継続)で、私がやったこと
- 国民健康保険と任意継続のどちらが安いかを、辞める前に調べた
- 市のホームページのPDFだけでは不安だったので、市役所に電話して確認した
- 長く働いた分、辞めた年は収入があるので任意継続の方が得だと判断した
- 払い込みがネットでできず、窓口まで行く必要があった
住民税も、任意継続の保険料も、正直に言って高かったです。
「普通は国民健康保険の方が安い」と思っていましたが、長く働いた人ほど、任意継続の方が得になることがあります。
辞める前に、一度、市役所に電話して聞いてみてください。それだけで判断が変わります。
私(独身・実家暮らし)の生活実態
私は独身で、実家で母と同居しています。
家賃がかからない分、ハードルが下がっているのは事実です。
ただ、楽観はできません。
ここ数年で物価がかなり上がりました。
「家賃がないから安心」ではなく、「家賃がない分、物価高をなんとか吸収できている」が正直な感覚です。
そのまま当てはめないでください
- 一人暮らしの方は、家賃の分、私より準備が必要です
- ご家族がいる方は、もっと慎重な計算がいります
- 私の体験は、あくまで「独身・実家暮らし・34年勤続」という条件の話です
辞めても辞めなくても、今すぐ始めるお金の勉強
辞めても、辞めなくても、お金の勉強と家計簿だけは今すぐ始めてください。
私がお金の勉強を本気で始めたのは、4年前です。
きっかけは、「このままで本当に老後のお金は足りるのか」という不安と、株で大損したこと。
損したお金は戻ってきませんが、それで気づけたことの方が、結果的に大きかった気がします。
家計簿は、お金の勉強の入口です。
毎月、何にいくら使っているか。
これが見えていないと、退職金と年金の見込みが出ても、判断できません。
辞めるための準備にもなり、続けるための準備にもなります。
現役のうちから始める方が、ずっと楽です。
よくある質問
Q1. 辞めた後、友達との関係はどう変わりましたか?
A. ほとんど変わりません。
収入の差を気にすることもないし、話す内容も変わりません。
辞めても、本当の友達は離れていかないと思います。
Q2. 家族に反対されたら、どうすればいいですか?
A. 辞める前から、少しずつ話しておくのが一番楽です。
私の場合は同居の母が「もういいじゃない」と元々言ってくれていたので、伝えた時もスムーズでした。
急に「辞める」と伝えるより、しんどさを日ごろから小出しにしておくと、話し合いが楽になります。
Q3. 辞めた後、毎日暇で困りませんか?
A. これは人によります。
私の場合は、1ヶ月もすると自然と「やりたいこと」が出てきました。
ただ、辞めてから探すより、辞める前に一つでも「やってみたいこと」を持っておくほうが、迷いは少なくなります。
今の私は自分の力で稼ぐ挑戦中で、むしろ時間が足りないくらいです。
Q4. 看護師を辞めるベストなタイミングはいつですか?
A. 体や心に「もう限界」のサインが出る前です。
私は、めまいで初めて休み、その後日勤に異動して2年働いてから退職しました。
もっと早く体のサインに気づいていれば、ここまで追い込まれる前に、次の一歩を選べたと思います。
まとめ:迷うあなたへ
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
最後は、今「辞めたいけど怖い」と感じているあなたへの手紙として書きます。
辞めるか迷っていたとき、一番怖かったのは、老後のお金でした。
「定年まで働けば安泰。少ししたら年金も入るし、なんとかなる」。
みんなそうやって働くし、自分もそのレールの上を歩いてきました。
ただ、その「なんとかなる」は、計算した上での話じゃないんです。
自分の年金がいくらで、毎月いくら要るのか。数字を出さないままの安心は、机上の空論になります。
その未来予想図を自分の手で壊すのは、相当な覚悟がいります。
でも、辞めて1年経った今、思います。想像していたほど、怖いものではなかった。
私は、選択肢を知らないまま34年走り続けました。
夜勤を減らす道も、期間を区切って働く道も、あることすら考えませんでした。
だからあなたには、選択肢を知ってから決めてほしいのです。
辞めるでも、続けるでも、知った上で選んだ道なら、「後悔しない」と言えます。
この記事で持ち帰ってほしいこと
- ✅ 辞める理由は「体がきつい」でいい。ただし後悔しないと言えるかだけ確かめる
- ✅ 退職金の規定を確認する(定年前でも出ることがある)
- ✅ 次の目星だけつけておく(決定じゃなくていい)
- ✅ 辞めた先にやってみたいことを一つ
- ✅ 家計簿は、辞めても辞めなくても今日から
辞めるかどうかは、あなた自身が決めること。
私が「こうすべき」とは言えません。
ただ、私自身がそうだったように、「怖くて決められない」なら一度立ち止まって、自分に聞いてみてほしいんです。
「私は、辞めた後、どんな生活がしたいんだろう」と。
私の答えは、夜に眠る生活でした。それだけです。
大きな夢じゃないです。でも、それが分かっていたから決められました。
そして、もう一つ。
辞める前の自分に一つだけ言えるとしたら、私はこう言います。
自分で辞める方が後悔するのか、そのまま仕事を続ける方が後悔するのか。
後悔しない方を、選びなさい。
焦らなくていい。答えは、あなたの中にあります。
私が取り戻したのは、朝起きて夜寝る生活でした。
お金の不安は残っています。人とのつながりも、細くなりました。
のんびり暮らしているわけでもありません。今は次のことに集中していて、むしろ時間が足りないくらいです。
それでも、辞めてよかったと言えています。夜に眠れているからです。
あなたが辞めた後に、何を取り戻したいのか。
そこがはっきりすれば、転職も、夜勤を減らすことも、その手段のひとつになります。
あなたがこれまで積み上げてきたものは、辞めても消えません。
どちらを選んでも、その先で使えます。
